お侍様 小劇場 extra

    “ささやかな幸せ” 〜寵猫抄より
 


        



 今年の秋は、一度だけ台風も上陸しの、つむじ風が巻き起こるよな突発的な変化もありはしたが、おおむね穏やかで過ごしやすい気候が続き。秋の味覚も、まま豊作だとかで色々と堪能出来た方。そんな話題を持ち出した金髪碧眼の敏腕秘書殿は、食事の支度も担当しているせいだろう、食材の旬や出来にも詳しくて。

 「今年は柿がいい出来だったそうですよ?」

 でも、駅前の八百源のおじさんが言ってましたけれど、昔ほど“秋と言えば…”って限定出来る味覚がなくなってるそうですね。梨やみかんは品種によっては夏にもう出回ってますし、リンゴも一年中 食べられますし。

 「今でも旬が秋のままというと、
  栗や柿に、国産の松茸くらいじゃないのかなって。」

 「そういえば、秋以外が旬のものの方が多いかもしれないですよね。」

 あとはサンマと秋鮭、ブリくらいでしょうか。収穫の秋というのは、あくまでも米のことだけ言うんでしょうか。さてどうですかねぇ、ゴボウやレンコンもこの時期が旬じゃあなかったか。小芋や豆類も、収穫を感謝して秋のお月見に供えたって言いますから、昔は秋のものだったみたいですけれど…と。そんなこんなの、今時の食に関するお話を七郎次さんと繰り広げておいでのお相手は、毎度お馴染み、某出版社の編集員、林田平八さんだったりし。

 『すいません。仕上がってることは仕上がってるんですが…。』

 島田せんせいの読み切り原稿を預かりにおいでの彼だったのだが、渡せる状態まで書き上げていたその原稿、今日になって微妙に結びが気に入らないと感じたらしき勘兵衛様。ただ今、その辺りを推敲中なので、リビングにて待機していただいているという次第。丁寧に淹れられたお茶の傍らに添うているのは、林田さんお持たせのケーキで、駅前の“ラフティ”の名物、季節のモンブランと、ショートケーキにプチムース。それを1つずつ取り分けての頂きつつ、先月はカボチャでしたね、ええ、これが真っ当に栗のときって案外と少ないんじゃありませんか?なんて、甘い物好き同士でなかなか話題が尽きずにいたのだが、

 「ところで、久蔵くんはどしました?」
 「……え?」

 こちらのお宅で、この七郎次さんのみならず、すっかりと落ち着かれた年頃のあの島田せんせいまでもが、まとわりつかれりゃ あっと言う間に相好崩し、家族同然という手厚い扱いにて、そりゃあ可愛がっておいでの小さな仔猫。キャラメル色のふわふかな毛並みをし、胸元へはアスコットタイを思わせるような白い綿毛がふくりと盛り上がっている、アメリカの“メインクーン”という猫種のおちびさんで。少し大きめのお耳をピンと立て、潤みの強い大きめの双眸でじぃっと見つめて来られると、さして関心がなかったお人であってもついつい口許ほころび表情が緩む。そんな愛くるしい仔なもんだから、居ないとなると何だか落ち着かぬほどともなっていたらしく。
「いえ、私がお邪魔した折にいないなんて珍しいことなので。」
 お顔を左右に振り向けてリビングを見回しながら、お昼寝ですか? と、さして他意もなく訊いた平八だったのだろうに。それをば訊かれたお兄様の側はというと、

 「あ…えとあの、ちょっと……その。」

 いつもはそりゃあ滑舌もよく、腹蔵なしに何でも話してくださるお人が、これまた一体どうしたものか。宝石のようにきれいな青い眸が座った目許が…やはり珍しいことには微妙に泳ぎ、
「えとあの……っ、そうそう、
 お友達の黒猫さんが来ていて、裏庭で遊んでいるんですよ。」
 何とはなく、微妙に言い回しまでが怪しくなっているような。お友達ですかと、なんだそうかと納得しかかった林田さんだったが、

 「でもシチさんが傍についてないなんて、やっぱり珍しいことですね。」

 そんな風に続けたのへと、再び撫で肩が びくくっと跳ね上がりかかったものの。
「あ、もしかして わたしが来ちゃったからでしょうか?」
 お構いなんて要りませんのにすいませんね、と。何だか勝手に納得し、恐縮までしてくださったようなので。七郎次としては、
「ああいえ、そんな…。」
 お気になさらず…と言い返しつつも、内心にては…ほおと安堵の吐息を深々と一つ。そうだったそうだった、他の編集さんだったらこうはいかない。煙草かそれとも化粧品の匂いでもするものか、久蔵の方が懐かない人もいるくらいで。なので、居ようが居まいが気にされなかっただろうけど。このお米好きな童顔の彼にだけは、親しいからこその意外なことへ 気を留められちゃうこともあるようで。不自然じゃあなかったかしらと、そんな想いも半分ほど入り混じる、微妙な色合いの苦笑を七郎次が見せておれば、

 「すまなんだな、お待たせして。」

 廊下の方から声をかけつつ、すたすたと入って来たのが勘兵衛で。淡い茶色のクラフト紙の大封筒を差し出され、おお出来ましたかと、林田さんのお顔もほころぶ。失礼しますと中に入っていた原稿用紙の束を引き出し、枚数とそれから、中身を拝見とページをめくり始めたので、どうやら意識がお仕事モードに切り替わったらしいのを見届けて。今度こそはと肩から力が抜けた、金髪美形の秘書殿だったが、

 「…。」

 廊下にいた時点で既に、彼らのやり取りの端っこが聞こえていたものか。安堵した途端に勘兵衛が苦笑をしたのが、まんま視野へと収まったものだから。そちらへは、何だか…面映ゆいよな恥ずかしいよな、微妙な心持ちがしてならず。焦っていたのを面白がられていたのかなぁ? いやいや、妙に足早においでだった勘兵衛様だったから、虚を突かれての困っておるなと察して下さり、わざわざ助けてくれたのかも? 真摯なお顔で原稿を読み耽る林田くんの頭越し、片やはくつくつと微笑っておいでの壮年殿と、片やは…素直には笑えませんてとのしょっぱそうなお顔、戸惑ったままな秘書殿と。微妙な優劣、それぞれの表情へと滲ませて。何がどうとのお声は出せぬ、仕方がなしの視線のみ、相手のお顔へと向け合っておいで。とはいえ、

 “でも…。”

 今は不在のもう一人。そりゃあ愛らしい小さな家人が、一緒に居ないのが不審と思われるとはと、この戸惑いの最初へと立ち戻った七郎次としては。想いもよらぬ方向からのご指摘へこそ、今になって“う〜む”と考え込んでしまっていたりし。曰く、


 “わたしって、久蔵を そんなにも猫っかわいがりしてるかなぁ?”


  ……………してます。
(大笑)





        ◇◇◇



 確認した原稿を丁寧な手際でブリーフケースへと収納し、それでは確かにと、忙しなく腰を上げた林田さんを、主従揃って玄関まで見送って。久蔵はまだ戻らぬのか? ええまだです。それでのこと、ヘイさんから居ないなんて珍しいと言われました。というか、お主が妙に落ち着いておるのが不審だと言われておったのだろうが。あ、やっぱり聞こえていたのですね。そんなこんなと言い合っておれば、

 「にい・みあvv」
 「あ、帰って来たようですね。」

 にぃあ・なぁん…という、甘い鳴き声が聞こえたその途端、確かに、何か探してでもいるかのように、呼びかけの響きを伴ったお声ではあったれど、すぐさま呼応しての足取りが早まった七郎次だったのが、またしても勘兵衛の苦笑を誘ってやまない。過保護だからか、それとも 彼もまた半日ほど逢えずにいたのが内心では寂しかったからなのか。

 「久蔵、お帰り。」
 「にゃあにゃっvv」

 実はダイニングの掃き出し窓の端っこを、少しだけ開けてあったので。そこからよいちょと上がって来たらしき、当家の一番小さな家人。そのままリビングの方へと移動をし、帰って来たよ、みんないないの?とのお声をかけてたらしいのを、廊下を小走りに駆けて来た七郎次がさっそくに見つけ、片膝床へとついたところへと、小さな坊やがとたとた駆け寄り、あと数歩を待てずに、ぴょ〜いっと飛び込む勢いのいいこと。そのまま、やわやわな頬っぺがすりすりと懐ろへ擦りつけられるのを。まだまだ幼子の非力ゆえ、擽ったいばかりのそれと受け止めながら、

 「お帰りね、楽しかったかい? カンナ村は。」

 綿毛の柔らかさにうっとりしつつ、金の髪をばそろそろと撫でつつ訊けば。その手のひらの下で小さな頭ががばちょと仰向き、

 「にゃにゃっ! みゃうにぃにゃっ!」

 何があったか、興奮気味にお喋りを始める久蔵で。そうかいそうなの、いっぱいいっぱい遊んで来たのだねと、中身は判らずとも微笑ましげに聞き入る七郎次のお顔も、何とも言えずのまろやかな笑顔。そんな母子を遅ればせながら辿りついたリビングの戸口から眺めやり、

 “ちょっとお使いに出ただけだというにの。”

 大仰なことよとの感慨抱えて、見やっておいでの勘兵衛様とて。その精悍なお顔の目尻へやさしいしわをきゅうと増やして、にこにこと蕩けそうなお顔で微笑っておいでだったりし。

  ―― お庭の木蓮の木の根元、とあるお国への入り口が開いており

 そこをくぐると、緑広がる豊かな自然がいっぱいな、カンナ村というお里へと、一足飛びに辿り着ける。ただし、幼い子供にしか通れない不思議な通路ゆえ、向こうからはキュウゾウくんしか来られないし、こちらからは仔猫の久蔵しか足を運べないとの制約があり。先だって遊びに来たキュウゾウくんから、採れたてのおいしい栗を山ほどいただいたので。そのお返しにと、七郎次特製のミートローフを小さな久蔵に持ってってもらったという、向こうのお国へのお出掛けで。冷蔵庫はないらしいので、本日中にお召し上がり下さいとのお手紙をつけたものの、どうしたかなと案じていたのだが、

 『皆で美味しくちょうだいしました』

 という、水茎の跡も麗しい、それは達筆なお手紙も預かって来た久蔵だったのはともかくとして。

 「みゃあにゃ、にゃんみゃvv」

 頭の上へまでとの高々と、小さなお手々を上げての振り振り、文字通りの手振り身振りで何やらお話ししている仔猫様であり。やや興奮気味になっている愛らしいお顔を見下ろして、

 「そっか。大人は辛いの平気だからねぇ。」

 “???”

 おやや? 何だか具体的なお返事している七郎次ではなかったか? 相変わらずに、猫の言葉でしか話せぬ久蔵だってのに。こうでこうでしょとの身振り手振り、ジェスチャーで示すのもなかなか上手なおちびさんではあるが、それにしたって…今の一言は?と。意表を衝かれてのおっとという反応が出たそのまま、戸口に肘をかけ、凭れて立ってた その身を浮かせた勘兵衛様。首を傾げつつ彼らの傍らへと歩みを運べば、

 「ああ、勘兵衛様。久蔵がお手紙を持って帰ってくれまして。」

 小さな坊やを抱え込んだ最初の姿勢、床に片膝ついたままな七郎次が、歩み寄って来た御主を肩越しに振り仰ぎつつ、持ち上げた片方の手に葉書大の書簡が一通。こちらの世界じゃあ、今時に普段の手紙には珍しいものとなってしまった筆書きの、お礼状らしい手紙がしたためられていたらしく。

 「どら。」

 ただいまと遊ぼが合体した甘えよう、ぴょこぴょこ跳びはねながらのにゃあにゃと、小さな手が伸びるのを避けて。まずはお手紙を受け取り、もう片やの手で軽々と、小さな坊やをひょいと抱えてしまうと、ソファーまでをさかさかと立ってってしまわれる。ああ、久蔵まで横奪りされたと、七郎次が頬を膨らませて見せたものの、いつまでも堅い床に座り込んでいたのを促しただけだくらいは察しもついており。すぐにも“くすす”という微笑をこぼすと、何も言わずともとの呼吸で、お茶の用意にキッチンへ立ってゆくところが“古女房”たる由縁というものか。そんな気配を背中で拾いつつ、

 『…はこちらでは町まで出ねば手には入らず、大変嬉しい贈り物でした。』

 ミートローフへのお礼もあったが、それへの香味として少し多めに同包してあった胡椒やカラシもまた、小さな寒村ではなかなか手に入らぬものゆえ格別に嬉しかったとの一文があったので。きっと、ただいまの報告をしていた久蔵の身振りの中、何にかお顔をしかめた彼だったのへ、苦手なもの? そういや辛いものを渡したなとの連想から さっきの会話になってたらしいと、勘兵衛にも今やっと全部がつながった。そしてそして、そんな彼だというの、口許へと浮かんだ苦笑いにて察したらしい古女房殿。

 「向こうのキュウゾウくんも、甘いもののほうが好きならしいのですよ。」
 「おや、そうなのか。」
 「ええ。」

 小さいのが二人して、大人って変なものが好きだねぇって怪訝なお顔でもしたんでしょうねと。今さっき自分に見せてくれた、一丁前にも眉を寄せての“う〜ん”なんて唸ってたお顔を思い出したか。ころころと笑ったそのまま、テーブルの傍に膝をついての腰を下ろすと、運んで来た茶器を手際よく並べ始める。お茶菓子はさっき帰られたばかりな林田さんの下さったケーキを並べ、ああ久蔵はチョコのはダメですよ? ビスタチオのタルトですか? 渋いのがお好きですね。こっち? こっちはスィートポテト、さつまいものお菓子ですよ? 甘いものがずらずらと居並んだものだから、こちらの顔触れでは彼のみが辛党である勘兵衛、たちまち複雑そうなお顔になったが、

 「勘兵衛様は、お昼がまだでしたから。」
 「お…。」

 黒っぽい焼き物の角皿にいや映える白。つややかな米に芳ばしい海苔の香りのかぶさった、握り飯が3つほど、同じテーブルに並べられるところが気が利いており。

  みゃ?
  おや、シャケの匂いに気づいたようですね。

 きらりんと、赤みがかった瞳が揺れて。久蔵も食べますか? ケーキも食べたいのですか? それじゃあ小さいのを握って来ましょうね。目許たわめて微笑ったおっ母様、あっと言う間に立ってゆき、待つというほどの間もかからずに、久蔵自身の拳よりも小さいのが愛らしくも並んだ小皿を、持ってくる早業の見事なことよ。おにぎりならば自分で食べられると、小さなお手々を伸ばしての、あぐりと喰いつき にゃはーと笑う。ふわんと揺れた金の綿毛、頬をすべって口許へ寄らぬよに、気をつけてやるのに気を取られ、自分は箸さえフォークさえ取らない七郎次なのもいつものことで。

 「…どこの母親も同じだの。」
 「はい?」

 いや何、自分が食すのが後回しになるのがなと。すっかりと母親同然の物の順番となっている彼へ、擽ったそうに微笑った勘兵衛。それが当たり前で、それが幸せというお顔になるところも同じと、それは口にはしなかったものの、

 「そういえば先日、
  “特選のたらこを一人で一腹食べました”と、
  そりゃあ嬉しそうに言っておったそうだが。」

 「あ、ヘイさんたらバラしましたね。」

 ちょっぴり気張って買った食材やお総菜。家族と食べるならともかく、自分しかいない食卓には出す気も起きない。けどでも、賞味期間が微妙に迫っていたので、えいと思い切って食べちゃいましたと話したら、
「そんなささやかなことが ですか?と、
 幸せそうに言うほどのことかしらと、不思議そうな顔をされちゃいましてね。」
 久蔵の小さなお口の端についた米粒を取ってやりつつ、自分からの補足を付け足した七郎次、

 「ヘイさんも自炊しちゃあいるそうですが、
  それでも一人暮らしをしているお人なんで、
  自分のためにしか用意しない身じゃないですか。」

 なので、好きなものくらい遠慮しないで食べればいいのにって。安くはなかった代物であれ、それでも“えい”と思い切らねば手が出せないだなんて大仰だし不思議だって言うんです。でも、

 「やっぱり、勿体ないなぁって思うんですよね。
  家族がいて、自分が作る側の人間だと。」

 あ、こないだ買ったハムがある、とか。頂いたお肉の燻製、いつまで保つんだっけとか、思いながらも手は伸びず、気がつきゃ漬物で済ませていたり。料理なんて毎日のことだから、手を抜きたいと思うのでしょうかね? 誰かと一緒に、その誰かが美味しいってお顔をしてくれるのを見るためにと思うなら頑張れるけれど、そうでないなら意欲が沸かぬ。これって、

 「実は相当に怠け者だって証しでしょうかしらね。」

 ちょっぴり眉を下げ、困ったもんですと苦笑をする彼だったが。そうと訊かれた勘兵衛にすれば、別な感慨からの苦笑が ついのこととてあふれてやまぬ。何とまあ、母性の豊かな彼であることか。勘兵衛や小さな久蔵にこそ、不自由させたくはないとか美味しいものを与えたいとか、そっちにのみしか気が回らぬのだと。それ以外は、自分の身であれどうでもいいと思うだなんて、自覚もないまま言ってのけてる彼であり。それだけ深いところへ根づいた特別の価値観は、もはや母性としか呼びようはなく。

  “これは…やはり。”

 自分が生涯かけて責任取らねばならぬのだろなと。ささやかどころでは収まらぬ、大きな大きな幸い自覚して。ますますのこと、目許細めて微笑った勘兵衛様だったりするそうです。

   ……言ってなさい。この、お惚気サムライが。
(笑)



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